Chapter8
プログラムは夜作られる
Between 9 and 5

小説家がもし騒然とした職場で働いたとすれば、どんな作品ができるだろうか。小説のアイデアがふとひらめいたとき、自分の机の上の電話が鳴って、それに出てしまったら、もう二度とそのアイデアは出てこないかもしれない。小説家が一度書いた文章を推敲しているとき、編集者が話しかけてきたら、何が悪かったのかをを思い出すのに、また時間をかけなくてはならない。これでは締め切りに間に合わせるのが困難になるし、小説自体の魅力にも影響するかもしれない。

プログラマの仕事は小説家の仕事と同じ位神経を使わなくてはならない仕事である。論理的な完全性を求められるため、頭の中でさまざまな要素を記憶し整理しなくてはならない。にもかかわらず、プログラマの職場は小説家の職場に比べて、あまりに劣悪である。わざと効率を悪い職場を作っているとしか思えない。生産性を上げるために思いついた知恵も工夫も押し殺すかのようだ。今日も仕事をしているとどこかからか聞こえてくる。「もっと生産性をあげよ」「もっと工夫しなさい」という声が。もううんざりだ。そういう余計な怒鳴り声が生産性を下げていることに管理者は気づいていない。プログラマが小説家だとすれば、管理者はわめきたてて締め切りをせかせる編集者だ。しかもあまりにも配慮に欠けた。

「一番仕事がはかどるのは、まだ誰も出社していない早朝だ」
「昼間なら二三日かかる仕事も、夜中にやれば一日ですんでしまう」
「オフィスの騒々しいことといったら、まるで動物園の檻の中だ。でも、夕方の六時を過ぎるころから静かになり、一つのことに没頭できる。」

オフィスに遅くまで残ったり、朝早く出社したり、はては静かな自宅で仕事をしなければならないというのは、オフィスの環境の悪さに対する強烈な告発である。環境が悪くて仕事にならないという事実は、何も昨日今日に始まったわけでなく、特に驚くことではない。しかしみんなそのことに気づいているのに、誰も何もしないというのは、ゆゆしき問題である。(81,82p)

プログラマなどの作業者にとってもっとも生産性を上げる方法は、定時時間帯にまともな仕事をせず、適当にやって、残業時間帯で、いっきに仕事をしてしまうというやり方である。電話はなるわ、会議の声は聞こえてくるわ、同僚や管理者がどうでもいい話をしてくるわでは、集中できないし、バグを埋め込みやすい。こんな時間帯に仕事をするとろくなものができない。適当にやったほうが、あとあと楽なのである。

このような自衛策が進むと逆に騒音を立てる側に回ってしまう人も生む。そして全体的に環境に対する関心度が薄れ、常態化し、生産性が低くなっていることにすら気づかなくなる。しかし、一見不可能に思える環境改善を取り組んでいる企業は多い。例えば一定時間は絶対に静かにし、電話すらも受け付けないという徹底したところもある。とくに図面を扱う設計部門に多く採用されているようだ。しかし、たいていの会社は違うだろう。こんなことをいってくるはずだ。

諸君は忙しいときに電話がかかってくるといつもそうだが、ベルが三回なっても自分で受話器を取らず、秘書の誰かのところへ転送しているようだ。おかげで秘書は電話の応対に追われて仕事が手につかず、非常に迷惑している。このオフィスでの規則をもう一度繰り返しておくが、自分のところにかかってきた電話は、ベルが三回なるまでに必ず自分で受話器をとり、その後・・・ (126p Chapter11 「電話、電話、また電話」)

一つのことに集中して時間を忘れるくらい没頭できる環境がいかに生産性が高いかを数値データで示そう。それは裏を返せば、悪い環境はいかに生産性の悪いかという証明でもある。以下の表はさまざまな会社でプログラミングコンテストを行った結果とその会社の環境についてのアンケートをまとめたものである。

上位、下位グループのオフィス環境 (92page 表8.1)
環境要因 上位1/4のグループ 下位1/4のグループ
1.一人あたりのスペース 78平方フィート(7.0平方メートル) 46平方フィート(4.5平方メートル)
2.十分に静かか? 「はい」 57パーセント 「はい」 29パーセント
3.プライバシーは充分か? 「はい」 62パーセント 「はい」 19パーセント
4.電話の呼び出し音を消せるか? 「はい」 52パーセント 「はい」 10パーセント
5.電話を他へ転送できるか? 「はい」 76パーセント 「はい」 19パーセント
6.無意味な割り込みは多いか? 「はい」 38パーセント 「はい」 76パーセント

環境が重大な影響を及ぼすということを裏付ける事実はこれだけではない。プログラミングコンテストでは二人一組で参加を行ったが、一人の能力が低いと、もう一人の能力も低いのだ。それだけではない。そのチームが属している企業全体の成績も低い。逆に片方が優秀だと、もう片方も優秀で、彼らのチームが属している企業全体のレベルが高かった。すなわち、もとから備わっている個人の能力がその企業の能力を左右するのではなく、その企業の文化や環境が個人の能力に影響しているといえる。

企業におけるプログラマーの能力差は約十倍といわれている。しかし、企業自体の生産性にも十倍の開きがある。(90p)

私たちはあまりに劣悪な環境で仕事していることにすら、気づいていなかった。しかしこれはやはり異常であると認識しなくてはならない。人間は一つのことに集中するのに十五分必要だという。あなたのオフィスでは十五分間電話が鳴らないということがあるのだろうか。十五分以内に必ず一回は電話がなるようであれば、生産性が悪いということに限らず、そのような職場からは正確な作業や柔軟な発想は生まれることはないだろう。しかし深夜と早朝、休日をのぞいては。

「編集者」の方は騒がしくてかまわないのである。彼らは何も作らないのだから。小説家が現実離れしているというなら、建築家の作業場をみてみればよい。彼らのオフィスに対する意識は、私達ソフトウェア開発の技術者よりもはるかに高い。そしてそれは正しい。いまだに「人日」に頼る肉体労働的発想から抜け出せていない管理者からみれば、環境に金をかけることなど「ぜいたく」以外の何物でもない。「生産性をあげよ」だの「残業を控えよ」とわめき散らせば生産性があがると考えているようだ。作業員は、自分達が大切にされているという感覚をもてば「ここで仕事をするのが楽しく」なり、自らそれに答えようとするのに。

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