私たちの仕事はじっくり考えることが必要である。しかし、管理者にはそれが怠けているとしか見えないらしい。技術者は技術者で、その仕事が本当に必要なのかどうかということを考えず、手を動かせば仕事をした気になっている。まるで、チーズバーガーをつくるアルバイトの店員のように。
(ファーストフードの)店長としては次のような工場式のやり方は、ある程度理にかなっていると思うだろう。
- エラーをたたき出せ、機械を極力スムーズに動かせ。人間も同じだ。
- 仕事でへまをやったやつは厳罰だ。
- 人はいくらでも補充がきくものと思え。
- 決められたやり方を手早くやれ。(どうやってスピードを上げるかとか、何を止めたらよいか、などということは決して考えるな)。
- 作業手順を標準化せよ。万事、マニュアルに従え。
- 新しいことを試みてはいけない。そんなことは本部の連中の仕事だ。
(中略)頭脳労働者を効率よく管理するには、こうしたやり方とは逆のことをやればよい。 (29,30p)
ハンバーガーを作成するときにミスばかりしていれば、給料は減らされる。なぜなら、ハンバーガーの調理には完全なマニュアルがあるので、マニュアルどおりに仕事をしていればそれほどミスをするはずがないからである。ミスばかりをするということは作業者が手を抜いてマニュアルにしたがっていないからかもしれない。しかし、私たちの仕事はエラーやミスは大歓迎でなければならない。なぜなら、私たちの仕事にはそれほど完全なマニュアルを作成できないからである。だからエラーやミスをするのは当然であって、プロジェクトにとってそれらを発見し報告することは大きな利益をもたらすことになる。しかし逆に、エラーがあまりに忌避され、心理的な障壁が生まれると、エラーが見えなくなる(あるいは見えなくしてしまう)。そうすると、最終的な段階までエラーやミスが残り、致命的な結果をもたらす。
例えばバグだらけで作り直したほうがよいシステムであっても、本当の状況を上司に報告することができずにいると、上司は誤った判断を下し、実際の作業者は苛酷な労働にさらされて、結局使い物にならないシステムができあがる。
さらに、実際にそのようなシステムになったとしても、故障だらけのシステムであるという認識ができないばかりに(あるいはしたくないばかりに)、なぜか社内的には「うまくいった」システムとされ、バージョンアップが行われる。何とかリカバリーしようとするが、それが輪をかけて悲惨なプロジェクトになる。公の場ではなく、飲み会などの非公式的な場において実際の惨状が報告されるまではおそらくそれは続くであろう。まさに「デスマーチ」(死の行進)である。
間違いが許されないという雰囲気が社内にあると、担当者は消極的になるだけである。そして失敗しそうなことは絶対に手を出さなくなる。
部下が誤った判断をするのが心配で、開発手順をシステム化したり、厳密な作業規定を無理強いして、設計上の重大な決定をさせないようにすると、部下はますます消極的になる (31p)
「管理とは尻をけとばすこと」。すなわち、管理とは作業者にプレッシャーを与えてより多くの作業をやらせることにあるという考え方は、チーズバーガーを作るときには有効でも、私たちの仕事にはうまくいかない。なぜならチーズバーガーを作る仕事よりも、私たちの仕事はよりたくさんの問題を抱え、それを自ら解決していかなければならず、管理者が余計なプレッシャーをかけては逆効果になることが多いからである。
管理者は、ある女性の評価に関心があった。彼は明らかに彼女の能力に疑問を持っていた。(中略)
少し調べてみると、興味のある事実を発見した。同社での十二年間の在職中、彼女が携わってきたプロジェクトは、すべて大成功を収めていた。(中略)
彼女の同僚に話をしたところ、彼女はチーム内で触媒のような役割をしている、との結論に達した。彼女がいるだけでチームの結束は固くなった。彼女がいると担当者間の意思の疎通がよくなり、いっしょにやっていこうという気になった。彼女が加わるだけで。プロジェクトは楽しくなった。
(しかし)この結論をくだんの管理者に説明したが、一蹴されてしまった。 (35P)
彼女は実作業の能力、すなわちコーディングの能力に疑いをもたれていた。チーズバーガーの店員なら迷わず評価を下げてよい。不良品を作ったり、作業が遅いことで、チーズバーガーのコストが悪化するからだ。だが、私たちの仕事はそうでない。彼女が私たちの仕事の困難さを和らげてくれていたのだ。エラーやミスをしても彼女は、きっとメンバーを励ましてくれたことだろう。そのような存在がなければ私たちの仕事のコストは悪化するのだ。
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